デヴィッド・グレーバーの名前を知らなくても、
「ブルシット・ジョブ」という挑戦的なタイトルの本なら、
見たことがあるかもしれませんね。
- そもそもグレーバーってどんな人なの?
- 他にはどんな本があるの?
そんな疑問に、グレーバーファンの私がお応えします!
グレーバーの本は、学術的かつ専門的で、簡単な内容ではありません。
5冊読むのはなかなか大変ですので、紹介文を読んでいただき、
気になったものから手にしてみてはいかがでしょうか?
私は「ブルシット・ジョブ」という印象に残るタイトルに惹かれ、
読んでみたことがきっかけで、グレーバーの他の本にも手を伸ばしました。
どの本も、日常生活で忘れていたり、考えたことがなかったりした事実に
気づかせてくれます。
個人的には、以下の順番でお勧めしたいです。
グレーバーの本には、そんな疑問に対する答えが凝縮されています。
- デヴィッド・グレーバーとは
- ブルシット・ジョブークソどうでもいい仕事の理論 (デヴィッド・グレーバー/岩波書店)
- 負債論ー貨幣と暴力の5000年 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
- 官僚制のユートピアーテクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
- 価値論ー人類学からの総合的視座の構築 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
- アナーキスト人類学のための断章 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
- まとめ
デヴィッド・グレーバーとは
デヴィッド・グレーバーはアメリカの人類学者、
アナーキストかつアクティビストです。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授でしたが、残念ながら2020年に永眠されました。
グレーバーの大学院時代の主指導教員であるマーシャル・サーリンズは、
グレーバーについて
「アイディアの湧き出る泉」のような研究者で、次から次へと人類学の常識を覆し、特に強大な権力に完全に支配されているかのようにみえる人びとが、実は自らの自治の空間をつくり出していることを示して見せるのが得意だった
と評しています。
私も全く同感で、世界のグレーバーファンが納得の内容だと思います。
グレーバーの本は、人類に課される様々な制約に、疑問を投じた内容が多い印象です。
グレーバーの本を読んだ後には、自分の肩にのしかかるものの正体が、
何となく見えてくる気がします。
ブルシット・ジョブについて、グレーバー自身が語っている9分程度の動画には、
日本語字幕がついています。
まずは動画を見て、興味が湧いたら
「ブルシット・ジョブ」を読んでみてはいかがでしょうか。
動画だけでも、面白い気づきがあるかも…。
https://www.youtube.com/watch?v=jHx5rePmz2Y
どの本を読むにも、お勧めしたいのは「訳者のあとがき」を参照することです。
専門的な内容を理解するには、事前知識が必要とされます。
私も「訳者のあとがき」を読んだお陰で、
ばらばらに感じた内容が繋がる感覚がありました。
ブルシット・ジョブークソどうでもいい仕事の理論 (デヴィッド・グレーバー/岩波書店)
概要
特に先進国のあちこちに存在する、ブルシット・ジョブの存在を暴いた作品です。
ブルシットジョブを簡単に説明すると、
働いている本人でさえその仕事に意義を見出せないのに、その仕事には意味があるふりをしなければならない仕事
グレーバーが、「自分の仕事はブルシット・ジョブだと思う」というエピソードを募集したところ、数多くの例が集まったそうです。
グレーバーは、「ブルシット・ジョブ」を5種類に分類します。
- 取り巻き…偉い立場にある人、例えば大企業勤務とか会社の重役とかを立派に見せるために存在している仕事。
- 脅し屋…他者を脅すために存在している仕事。
- 尻ぬぐい…組織の欠陥を埋めるために存在している仕事。
- 書類穴埋め人…表向きの目標達成には何ら結びつかない書類を、穴埋めする仕事。
- タスクマスター…仕事を他者に配分するだけの仕事。
ブルシット・ジョブはなぜ生まれたのか、封建制度、聖書、奴隷の歴史も振り返りながら、グレーバーは検討しています。
さらに、心理学・経済学の理論も引用し、
- 人は何もせずにじっと過ごすよりは、労働することを選ぶという性質
- 仕事をするふりを強要されることに対する、精神的苦痛
- 全ての仕事に需要があるから存在するというのは、思い込みである
これらを明らかにしています。
感想
一言で表すなら、とても面白かったです。
他の4冊はアカデミック要素が強めな中、
「ブルシット・ジョブ」が最も大衆の関心を引く内容であることは
間違いないと思います。
- どうして私が今のように働いているのか
- 勤務時間中は、たとえ手が空いたとしても、忙しく見せなければならないのか
その仕組みを理解できたと思います。
同時に、知ってしまって悲しくなったこともあります。
- 人の役に立つことは、その仕事(例えば保育、介護など)をしている人だけに与えられた効用なのだから、労働環境の改善(例えば賃上げ)は認められない
- 研究とか創作活動とか、行為自体にやりがいがある夢のような仕事は、それだけで意義があるのだから、高給は望めない
- つまらなくてやりがいのない仕事(=ブルシット・ジョブ)を行うことでのみ、よい給料を担保できる
こうして書いてみると、全くおかしな話ですよね。
それがまかり通っていると思うと、悲しくなります。
「働かないとお金がもらえない
→お金がないと生きていけない
→だからつまらなくてやりがいがなくても働く」
って、なんだか間違った構造に思えます。
とはいえ、そういった気づきを多くの人が共有できれば、
少しずつでも社会は良い方向に変わって行けるものと思いたいです。
※ブルシット・ジョブについては、「仕事が辛いのはどうして?」という観点からも紹介しています。お仕事に悩まれている方は、ぜひ読んでほしいです!
負債論ー貨幣と暴力の5000年 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
概要
負債に対するモラルの矛盾の謎を解くことを目的に、
貨幣にまつわる5000年の歴史を地理的にも広範で豊富な事例を用いながら、
思考していく長編傑作です。
モラルの矛盾とは、
- 借りた金は返さなければならない
- だが金貸しはどこでも邪悪である
という混乱のことを指しています。
借りた金を返さなければならないのは、
そうしなければ貸した側と、いつまで経っても対等の立場になり得ない
という理由があります。
しかし、全て返済してしまえば、相手との関係は帳消しになる
→金貸しには、返済できなければ、
相手の立場や身体の自由さえも危うくする力がある。
「物々交換の手間を省くために、交換するものの価値の尺度として貨幣が誕生した」
果してこれは本当なのか?
経済学の分野で、長年当然とされてきたことに対して、
「そのような手順で貨幣を使い始めた社会は、史実上存在しない」
という驚きの内容をグレーバーは提示します。
それどころか、貨幣は常に暴力と強く結びついてきた...
これまでの常識がひっくり返る1冊です!
感想
蛇行する長編物語を読んでいるような感覚がある一方で、
負債の裏にはいつも暴力が潜んでいるというメッセージが強く残ります。
ウクライナに始まる不安定な情勢や、防衛費のための増税が計画されている昨今、
特に現実味のあるテーマではないでしょうか。
世界が平和であれば、暴力を目的とした軍事費用や開発にお金をかけずに済めば、
もっと楽しいことや明るいアイデアに資本を回せるのに…と読みながら思いました。
特に衝撃だった箇所を、何点か挙げます。
- 物々交換には手間がかかるから、貨幣が生まれたというけれど、
そんな史実は存在しない⁈ モデルとして使いやすいというだけ⁈
- アラブ商人、中国商人、ユダヤ商人のように、商人に異国人性が付随するのは、
身近な人から儲けることはどこでもよくないとされていたから⁈
- 資本主義は自由から生まれたなんて嘘で、
本当は奴隷制から始まっている⁈
- 相互に貸し借りがあることで成り立つ社会関係があるから、
それを帳消しすることは社会の網の目から切り離されること⁈
誰かに何かを負うても、それを負い目に感じることなく
むしろコミュニケーションと捉え、
さらには負債が膨らんで債務奴隷化することなく、
できるときにできることを返せる社会は、
クレジットカードの返済地獄よりも、ずっと人間らしくて生きやすいはずですよね。
官僚制のユートピアーテクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
概要
私たちの生活に、なぜこれほど官僚制が浸透し、
維持されてきたのかを考察した本です。
長い歴史から、現代まで例を挙げ、
主に暴力・テクノロジー・合理性と価値という観点から、検討します。
日常的にあらゆる場面で、仕事で、市役所で、保険で…
私たちは書類仕事に遭遇しますよね。
書類仕事は、官僚制を代表しているとグレーバーは言います。
書類仕事は日常生活に蔓延していて、書類が全くない社会を想像できないほどです。
書類に代表される官僚制がなくならない理由を、グレーバーは2つ挙げています。
一つ目に、官僚制が一度設立されてしまうとそれを解体するのもまた官僚制的方法でのみ可能だと思われていること
二つ目に、管理者と被管理者の双方にとって解釈労働をしなくて済むという利点があること
「この人は今、何を考えているのかな」とか
「どのように説明したら許可してもらえるのかな」と考える解釈労働を省くことは、
非人格的なやりとりにつながります。
非人格的なやりとりは、細かな説明を省けるという点で、
一見合理的に見えるかもしれません。
しかし、規則と規制といった手段から離れたところにある創造性からは、
より遠ざかってしまいます。
さらに、価値ある発見が生まれなくなることを、グレーバーは指摘します。
感想
「ブルシット・ジョブ」の内容がとても印象に残り、
「官僚制のユートピア」も読んでみました。
「ブルシット・ジョブ」でも感じたことですが、歴史を振り返って、
どのような出来事の後に、どのような体制変換が起こったのか、
よくまとめられています。
右翼・左翼、SFの事例など、私には正直、理解しきれない部分もありました。
でも、全体として、なぜこれほど私たちが書類仕事に追われているのかは、
知見が広がりました。
読めば読むほど、今の自分たちの生活が不思議に感じられ、
行政などが機能していない国のほうが、実は自然体なのかもしれないとさえ思えます。
会社員をされている方々は、もしかしたら思い当たるところがあるかもしれませんが、
膨大な書類仕事は、一体誰を幸せにしてくれるのでしょうか。
しかも、煩雑だったり複雑だったりする書類でも、
不備があると、罰則が設けられていることもありますよね。
書類仕事が必要最小限になったら、
もう少しゆとりのある働き方ができる気がします。
価値論ー人類学からの総合的視座の構築 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
概要
人類学的な価値理論に貢献することを目的に、
エコノミズムを批判しコミュニズムの可能性を展開しながら、
価値には人間の行為が不可欠であり、その行為によって位置づけられることを明らかにした本です。
*日本では最新(2022/12/02発売)の本ですが、
グレーバー自身が英語で執筆したのは、研究者生活の初期の頃です。
価値はこれまでにも社会学的、経済学的、言語学的な文脈で論じられても、
それら3つの視点を統合したような見方は提示されきませんでした。
さらにこれまでの見方だけでは、人間の行為からの視点が抜けている、
とグレーバーは指摘します。
グレーバーは、意味(meaning)がどのように欲望(desire)へと変化するのか
探求する理論を、人間の行為から論じることの重要性を主張します。
前半の3章では、社会理論家たちがこれまで価値をどのように論じてきたか、
またその際に陥りがちだった点を概観します。
後半部では、交換と社会的創造性という、2つのテーマにより焦点を合わせ、
いくつかの詳細な民族誌的事例研究へと議論を進めます。
価値理論の構築は、文化を
「どう生きるべきかということについての、さまざまな、集合的想像の仕方である」
と捉えるという、グレーバーの以後の著作にも通じるテーマが垣間見えます。
感想
サーリンズの互酬性と、コミュニズムの関係が気にかかりました。
新書大賞2021を受賞した、「人新世の資本論」に通じるところがあるように思います。
「各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて」は、大事なコンセプトですね。
個々人は全体のためにできることをする、
その代わり必要なものを与えられる。
シンプルで、無駄や余剰がないように見えます。
後の「ブルシット・ジョブ」にも通じるところがあって、
能力に応じれば資産家は余剰を誰かに分配するし、
必要に応じれば貧しい層が困窮することもない。
この辺りの考えが、読み進めるごとに明確になっていく感じがしました。
アナーキスト人類学のための断章 (デヴィッド・グレーバー/以文社)
概要
「アナーキスト人類学のための断章」は、
「アナーキスト人類学」の確立を目的として、
それがなぜ存在していないのかという観点から、理由を検討しています。
「アナーキズム」というと、「反理論的である」と解釈されやすく、
アカデミック界隈から敬遠される傾向があります。
この傾向が、「アナーキスト○○学」が成立してこなかった理由だと、
グレーバーは説明します。
とはいえ、アナーキスト人類学が全く現れてないというわけではなく、
「国家と市場の論理をはっきりと拒絶することに基礎をおいていた」社会の例を、
人類学者たちは複数知っているのです。
人類学者たちが蓄積してきたデータをつなぎ合わせれば、
例えば拡大する貧富の差や、長時間労働の解決への糸口を掴める可能性があります。
グレーバーのようなアナーキストたちの方策は、
「非現実的だ」という反論にさらされやすいです。
では、なぜそれが「非現実的」なのか。
その要因こそ、私たちの社会をよりよくするために、避けて通れないヒントなのです。
感想
グレーバーに限らず、1人の著者の作品を複数読んでいると、
その人の思考の核が見えてくる感じがします。
「アナーキスト人類学のための断章」についても、
専門的で難しい箇所があり、全てを理解できたとは言えません。
それでも特に印象的だったのは、
「国境を誰でもどこでも行きたいように解放すること」を、
世界的貧困を解消する1つの方策として挙げていたところです。
確かに、
「貧困国から先進国に人が押し寄せてくるとしたら、先進国は必死になって貧しい地域の人たちがそこに留まるような策をひねり出す」
という予測は、納得してしまいます。
非現実的だと思うけれど、それがなぜ現実的でないのか。
ショッキングなだけ印象に残りました。
残酷だなあと思うけれども、資本主義の現実を知らしめるには、
最適な手段なのかもしれないですね。
さらに、
「働き過ぎを解消すればするほど、夜間の業務などは減って、結果的に労働時間が減るだろう」
というブルシット・ジョブにつながる内容が、既にはっきりと述べられていることにも注目です。
「アナーキズム」というキーワードから、官僚制とか政府って何だろう?と改めて考えました。
※「アナキズム」を理解するには、こちらの本もお勧めです。
くらしのアナキズム (松村 圭一郎/ミシマ社)
まとめ
「ブルシット・ジョブ」で有名な人類学者、
デヴィッド・グレーバーの本を5冊ご紹介しました。
どれを手に取って読んでみても、
これまで当たり前だと思っていたことの輪郭がぼやけていくような、
時には音を立てて崩壊するような体験ができると思います。
私たちが住む社会が、多くの人にとってよりよく、
より住みやすいものになってほしいですよね。
グレーバーは、そのヒントを沢山残してくれたと思います。
グレーバーの著書は、Kindle版でも読むことができます。
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