綿矢りさといえば、芥川賞を受賞した「蹴りたい背中」で一躍有名になった、女性作家です。
そんな彼女が、「コロナ禍の日常」をテーマにした初の日記エッセイを出版しました。綿矢りさ作品が好きな私としては、読まないわけにはいきません。
- 「あのころなにしてた?」を読んで見た感想
- 特に気になった箇所
をご紹介します。
私は綿矢りささんの作品が好きで、出版されているものは、ほとんど読んできました。
綿矢りさファンの目線で、「あのころなにしてた?」の素敵なところを伝えたいと思います。
綿矢りさ作品が好きな理由
私は読書が好きですが、小説については、幅広く読んでいるわけではありません。読むのは特定の作家の小説か、話題作のどちらかです。
よく読む作家の1人が、綿矢りささんです(他には朝井リョウさん、益田ミリさんなど…)。
「あのころなにしてた?」の紹介に入る前に、少しだけ綿矢りささんの魅力を語らせてください。
- するすると飲み込めるような日本語の流れで、読むのをやめられない
- 体温や彩度、力加減まで伝わってくるほど繊細な描写
- 文字しか読んでいないのに、脳裏に情景がくっきり浮かぶ
綿矢りささんの作品は、こんなところがすごいです。
ゆっくり楽しもうと思っていた本なのに、読むのが止められなくて、睡眠時間を削って読了したことも度々です。
私が特に好きな3冊だけ、下に紹介させてください。
手のひらの京 (綿矢りさ/新潮社)
あのころなにしてた?概要
あのころなにしてた? (綿矢りさ/新潮社)
「あのころなにしてた?」は、コロナウイルスが確認され、世界中に感染者が広がった2020年のついての、綿矢りささんの記録です。
マスクをすること、手指の消毒をすること、不要不急の外出を控えること…
- 2020年、私たちの生活が、いかにコロナによって変えらえたか
- コロナへの国の対応指針が定まりきらない中、世の人たちがどのように判断してきたのか
- 世界中に多大なる影響を及ぼした戦争や災害、疫病を、文学の世界でどう扱うべきか
綿矢りささんの目線から、すぐに情景が浮かぶような表現で、書き記されています。
日記エッセイのため、時系列に沿った内容になっているおかげで、2020年世界と日本に起こった変化を、読者の私も再度経験している気分になりました。
時々出てくるユルいイラストと、コロナというテーマに合った写真が、2020年の出来事を思い起こさせます。
「あのころなにしてた?」お勧めポイント
「あのころなにしてた?」をお勧めする理由は、2つあります。
- 日本が誇る人気作家の目線を追体験できる
- 世界的な大事件に対する、文学作品のスタンスという発見
日本が誇る人気作家の目線を追体験できる
1つ目は、言葉の通りです。
綿矢りささんの作品を多数読んでいる方は、
「綿矢りさって、鋭い感性で世の中をじっとり観察しているから、こんな心理描写ができるのかな」
と思ったことがあるのではないでしょうか。
私は本を読むことが好きな一般人ですので、綿矢りささんのような観察眼は、おそらく持ちあわせていません。
だからこそ「同じ時代に、同じ国で、同じパンデミックを体験した人気作家」には、コロナ禍がどのように映ったのか、興味がありました。「けーのののーない」ではなく、「綿矢の脳内」を覗いてみたい、という好奇心です。
時系列に沿って読んで見ると、人気作家でも私と同じように、勝手が分からない外出自粛要請に戸惑ったり、1日の感染者数に一喜一憂したりするんだなあと親近感が湧きました。
不測の事態に対する感情の起伏に大差がないとすれば、綿矢りささんと私のような一般人は、どこが違うのか。
マスクのように目に見える事象や、自分の心境の変化を、読者の脳裏に思い浮かばせる文章力だと思いました。
あんまり運動せずにいるうちに、また上半身だけで生きてる感覚になってきた。目鼻口耳のついた頭部や手先の神経に能力が集中し、お腹や脚がご無沙汰になっている。お腹や脚をただの自分を動かすための道具ぐらいにしか思わないでいると、途端に動きが鈍り、怪しい肉が不法滞在し出す。(P.28)
私なら、「コロナ禍のステイホームで運動不足になり、お腹が出てきた」と書くところです。「怪しい肉が不法滞在し出す」と表現できるところが、綿矢りささんのすごいところなんです。
たった3文の引用でも、彼女の筆致の魅力が伝わったのではないでしょうか。
世界的な大事件に対する、文学作品のスタンスという発見
2つ目は、文学に能動的に取り組まないと気づかない視点を、発見できることです。
…私もいま書いているコロナが出て来ないままの小説を変えた方が良いのかなと迷う。現実離れしたユートピアを書きたかったわけではなかったから。でもこうなる以前に書き始めた小説を、時勢を受けて変更するのも、書きたいこととは違う気がして、結局そのまま。
現実世界で起きることがゆるぎない事実であると同時に、空想の世界も実は同じくらい、その世界なりのゆるぎない事実を抱えていて、それが崩れると、致命的な綻びが出てくる。物語内での雰囲気があっさり変わってしまう。
言われてみれば「確かに」と納得する内容ですが、言われるまでは意識して小説を読んだことがなかったと気が付きました。
小説を書く側は、その時の時勢とか流行をどれだけ小説に盛り込むか、書いている小説の時代背景はどんなものか悩むところだと思います。
私は一方的に読む側で、時勢に対する作家の迷いや配慮という視点を、持ったことがありませんでした。設定に対する迷いを感じさせない作品が、よい作品なのかもしれませんが。
「あのころなにしてた?」を読み、綿矢りささんの「時勢をどれだけ反映させるか」という葛藤を知って、小説を読む視点が広くなったと感じます。
まとめ
綿矢りさ初の日記エッセイ「あのころなにしてた?」の感想をお届けしました。
これまで綿矢りささんの小説はほとんど読んできましたが、エッセイを読むのは初めてで、新鮮な気持ちです。
日本語描写が美しすぎる作家の目には、コロナ禍の世界がこんな風に映っていたんだなあということが分かる、貴重なエッセイです。
綿矢りさファンのみならず、広く文学が好きな方も楽しめますよ!
「あのころなにしてた?」はKindle版でも読むことができます。
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