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【読書】広大な中国での、国内移動の様子が分かる本


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日本からの海外旅行は航空券を予約して、パスポートを準備して、必要であればVISAなども取得して…ある程度手間がかかります。

 

 

日本国内の旅行は、海外旅行と比べれば大分ハードルが低いですよね。

 

遠方であれば飛行機を予約する必要がありますが、新幹線が通っている地域であれば、チケットを購入して席に座っているだけで、快適に移動することができます。これといった大きな不便は、あまり感じないでのはないでしょうか。

 

 

ですが、隣国の中国では、国内移動の事情は大きく異なります。国土が大きい分、時間と費用が掛かるだろうことは想像できるかもしれませんが、それだけではない様々な制約や社会的背景が影響してきます。

 

今回は大国、中国の国内移動の状況について、複数の研究者がまとめた本をご紹介します。

 

 

中国の国内移動ー内なる他者との邂逅 (川口 幸大, 堀江 未央他/京都大学学術出版会)

 

 

 

2019年の世界全体の国際移民は2億2700万人、それに対して、中国の国内を移動する流動人口は2億4400万人に及ぶという。改革開放と一対一路政策のもと、いまや世界中を足しても及ばないほどの人口流動が、中国では起こっている。しかも、戸籍による居住地の固定という、本来人口移動を抑止する制度はそのままに、である。

 

 

「中国の国内移動」の帯に書かれている内容です。確かに中国は人口で世界1位を、国土面積で世界4位を誇る大国です。それにしたって、世界中の国際移民を足しても及ばない数が中国の内部で移動しているというのですから、その規模には驚かされますよね。

 

 

本書は単著ではなく、主に人類学を専門とする8人の研究者が各々書いた論文をまとめた本です。8人の研究者には、中国の中でもそれぞれに専門とする地域があります(広州、香港、義烏、六盤水、昆明、上海…)。

 

その地域での綿密な調査が各章になっているという構成なので、中国の国内移動のぼんやりとした概要ではなく、個別具体的な流れがくっきりと見えてくる内容です。

 

 

感想

ざっくりと述べるなら、「中国、広いな…」と思いました。日本でイメージする国内移動とは、わけが違います。

 

 

私は中国に行ったことがなく、大きい国だということを知識としては知っていますが、1つの国というよりも地域や民族というピースがあって、それをはめ合わせて中国が形造られているように感じました。

 

 

日本は島国なのでその境界が分かりやすいですが、他国と隣接している多くの国では、河や山脈といった自然的国境でなければ、人が決めた人為的国境が引かれているだけですから、ある意味自然な感覚かもしれません。

 

 

私たちが「中国人」をイメージする時、おそらくマジョリティである「漢族」を思い浮かべると思いますが、本当は様々な民族が1つの国に集まっているんですよね。

 

 

8章あった中から、特に面白いと思った2つの章を紹介します。本書は三部構成(Ⅰ~Ⅲ)になっており、どちらの章も「第Ⅱ部 移動は何を広め流行らせているか」の内容です。

 

 

第4章 移動の危険に対処する呪術 雲南ラフの男たちと出稼ぎ/堀江 未央

「呪術」と聞くとどこか胡散臭い、非科学的だと思うのに、興味を惹かれてしまうのはなぜなのでしょうか。信じがたいからこそ、どこか魅力的に映るのでしょうか。

 

 

第4章では、雲南省から都市部へと出稼ぎに行くラフ(中国雲南省ミャンマー、タイ、ラオスベトナムなどの山地に暮らす人々)が、都市部で他民族と交流する中で、口功という呪術を身に付けざるを得ない状況を観察します。

 

 

山地から都市へ出ていくということは、それまで知らなかった生活に馴染んだり、お金を騙し取ろうとする人から身を守ったりする必要が出てくるということです。予期せぬトラブルに対応する手段として、都市に出稼ぎに行くラフは、口功を身に付けます。

 

 

それまで都市へ出稼ぎをしてこなかった世代は、口功を茶化すような発言をすることがあります。一方で、出稼ぎをしている世代より若い層は、口功に憧れを持っている様子も見られます。

 

 

移動を介して現れた新しい概念に対する、世代間の反応の違いが面白いです。いわゆる田舎の方から都市へ出て行って生活することは、同じ国の中でも大きなギャップがあり、苦労がつきものであることが分かります。

 

 

第5章 移動が生み出すトランス・エスニックな子ども服 雲南省から貴州省へ流通するモン/ミャオ族衣装と民族間関係/宮脇 千絵

第5章は、民族衣装についての考察です。中国で民族衣装といっても、チャイナドレスのお話ではありません。

 

 

赤の布地に花の刺繡が施されたきれいな上着は、どこかの民族衣装に見えます。しかし、プイ族の女性は「この服は、少数民族の服であって、何族のものということはないでしょう」と答えたそうです。

 

 

「民族衣装」というと、ある民族集団が、そのエスニシティ帰属意識を表象するために着られるイメージがあります。それはあくまで「大人が着る民族衣装」で、「子供が着る民族衣装」は見過ごされてきました。

 

 

これまで大きく取り上げられることのなかった、子供用の民族衣装から、トランス・エスニックな子ども服に着目したのが本章です。民族衣装の着用は、同じ中国という国で生活している民族間の差異を、目に見える形として浮かびあがらせます。

 

そんな中、○○族のものとは言い切れないトランス・エスニックなデザインの子ども服に、民族間の境界を揺るがす一因を見出しています。

 

 

合わせて読みたい

 

ストレンジャーの人類学 移動の中に生きる人々のライフストーリー (リーペレス ファビオ/明石書店)

 

 

 

ストレンジャーの人類学」は、1つの国の中ではなく複数の国を移動してきた人たちのライフストーリーから、ストレンジャー特有の文化を探った本です。

 

いわゆるハーフや帰国子女と呼ばれるような人たちか思いきや、移動が多すぎて、もはやハーフや帰国子女という枠にも収まりきらないのがストレンジャーです。

 

 

私は海外や異文化に関心があるので、複数の国で生活してきた方を羨ましいと思っているところがありました。しかし、この本を読むと、簡単に「いろんな国で生活してきたなんで、羨ましい!」とは言えないことが分かります。

 

移動した先の文化とこれまで属していた文化との違いに戸惑ったり、分類されきらない彼らの存在を不思議がる人たちからの態度に悩んだり、という苦悩がドキュメンタリーのように赤裸々に綴られています。

 

 

※こちらの記事で感想をまとめました。

knonononai.hatenablog.com

 

 

まとめ

中国の国内移動について、その現状を様々な地域と角度からなされた研究を、まとめた本をご紹介しました。

 

中国は日本の隣国であり、政治的・経済的なつながりはとても強いわけですが、普段生活しているだけではニュースで取り上げられないことも沢山あると思います。

 

中国の方の国内移動の様子を知ることは、今後の日本から中国への移動、中国から日本への移動を考える契機にもなるのではないでしょうか。